誰かの人生のほんの小さな一部分に

私が今熱中している俳優の竹財輝之助さんがTwitterでフォローしているのは決して多くはない人数で、その中に美容師さんがいる。私にとって10年来大好きな作家、川上未映子さんは、よく行きつけの美容師さんのことをインスタに書いている。

とても羨ましい。

自分が素でいられる状態を相手に任せ、それは自分の願いを叶えてくれる人だったり、またはアドバイスをくれる人だったり、自分をずっと定点観測してくれる人だったり、そういう人を自分の人生の中に持っている、そういう生き方がとても羨ましい。

それは美容師だけでなく、エステシャンだったりネイリストだったりお洋服屋さんの店員だったりまたは本屋さんだったり。その人の生き方によっていろいろでしょうけど、なんにしても私は自分の人生の中にそういう人を持っていない。職業柄、飲食店を経営している友達はたくさんいるけど、私にとってその人たちはそういう関係ではなく「仲間」という色合いが強いし。

私個人にはそういう人がいないのだけど、うちの店が誰かのそういう場所になればいいなあとはずっと思っている。人生のパートナー、そんな大袈裟なものではなく。ただ、そういえば店の中にいていろんな人をずっと定点観測しているなあと思う。新しい関係が生まれる瞬間や、新しい何かが生まれる瞬間にも静かに立ち会っている。ある人の人生をもう20年近く見ているなあと気づくことも多い。

例えば、歌人の野口あや子さんのことももう随分長く見ている。最初に会ったのは彼女がまだ学生のころで、しかし彼女は既に第一歌集「くびすじの欠片」を出していた。その後、彼女の人生の中のある一片一片を、私は店の中にいて時々見てきた。最近ではくだらない話で笑いあうことが多い。彼女が作る作品のことも折にふれ聞いた。その野口あや子さんは4冊の歌集を出しているのだけれど、この秋に初の小説が「小説新潮」に掲載された。実を言えばその話のことは随分前から少しずつ聞いていたのだけれど、こうして読むとその作品がまた面白くて、余計に感慨ひとしおだ。


昨夜も、夜に訪れてくれたそんなには多くはない人たちとお喋りして、涙まで流して笑って過ごした。楽しい。ほんとうに楽しい。

誰かの人生の中のほんのほんの小さな部分でいいので、楽しい記憶と共にマタハリがあるといい。

ロジウラのマタハリ春光乍洩

いい音楽といいごはんのカフェ。 名古屋駅西の小さなアジアンカフェです。