何があっても愉快に生きる

よく晴れて風もない気持ちのいいある日、右手と、それからどちらかの足に麻痺のある男性がご来店くださいました。

顔がニコニコしてて血色もよく、声も明るい。お話を伺うと私よりも5歳ほど年齢はお若いのですが「じゃ、ほとんど近いね。友達だね!」とその方はおっしゃいました。

多分、ある時になんらかの病気で体に麻痺が残り、身障者となったそうです。それはその方の人生を大きく変えることになったことだと思います。でも現在、快適なマンションでの生活を楽しみ、たくさん歩き、仕事を持っていることを話すそのお顔からは「何があっても愉快に生きる」という意思を強く感じました。

実は、2週間前のことですが、武田の実兄が亡くなったのです。私と同い年です。脳梗塞で倒れ、すぐさま手術や治療を受けたのですが程なく亡くなってしまいました。正直言えば私は『しかしこの先、重篤な後遺症が残っても大変だし、これはこれで仕方がないことだし・・・』と思っていました。今現在、そろそろ還暦を迎えようとしてますがまあまあ健康に過ごしている私には、もしも突然の大きな病気になって後遺症が残ったら・・・と恐れているところがあるのです。しかし考えてみれば、これまでのうちの店の常連さんにもそういう方はある程度いらっしゃって、その方たちが映画やお食事を楽しんでらっしゃる様子を私は目の当たりにしているのに。

改めて先日の男性とお話しながら、「病気にならないようにする」や「事故に遭わないようにする」も大事ですが、一番大事なのは

「何があっても愉快に生きること」

だという考えを強くしました。

時にはそれが難しい時もあるんですよね。凹むことや落ち込むことやもうダメだと思うこともあります。でも、私の場合目指すところは「愉快に生きる人生」です。


ロジウラのマタハリ春光乍洩

いい音楽といいごはんのカフェ。 名古屋市中区大須の小さなアジアンカフェです。