金太郎飴のような人生

店を続けていけば行くほど、いや店に限ったことではなく生きている時間が長くなればなるほど、自分の周りで鬼籍に入っていく方が増えていきます。

お店で、そういった方の話を聞く機会も増えていきます。

昨日はそんな日でした。

亡くなった方の話は大抵がいい思い出話ばかりだけれど、昨日話に上った方たちは亡くなったからということではなく、生きているうちからすごいなあとリスペクトしてた女性でした。

おひとりは2014年に亡くなった瀬辺千尋さんのこと。瀬辺さんのパートナー、加藤智宏さんがまた瀬辺さんが残した台本をベースに芝居を作るという話を伺いました。瀬辺さんはずっとBAR プリシラも営業しつつ、よくもそんなに台本も書き、演劇に携わってたなあと本当に驚きます。割と早い時期から「劇団」という集団から抜けて1回の公演ごとの自身のユニットを立ち上げたり劇作をしたりされていたと思うのですが、ソロ活動でこんな風に長いこと芝居に携わって人はそんなに多くないんです。たくさんの人がある人生の時代を芝居に関わり、そして過ぎていく中、瀬辺さんはすごいなあ、なんて私は思うんですよ。


さて昨夜は先日亡くなった本田薫さん、honちゃんの仕事の後輩だった方で、彼女をよく知る方がマタハリに訪ねてきてくれました。そしてhonちゃんの話をいろいろと伺う事が出来ました。


瀬辺さんのこととか、honちゃんのこととか。彼女たちは亡くなるギリギリまでずっと「この先」のことを考えながら好きなことをやってたように思います。

ふたりとも、勿論生きていればその時間の分だけいろんなことをやっていたんでしょうけど、残念ながら彼女たちは亡くなって、彼女たちの生きていた時間はそこで途切れてしまったわけですが、まるで金太郎飴みたいに、どこを切っても、そして最後のところまで、笑顔とか、希望とか、好きなこととか、そういうのでいっぱいで、それは他人だからそう見えるのであってもしかしたら本人は無念だったかもしれないけれども、でも本当にどこを切ってもそこに一日を目いっぱい生きていたあなたの顔、そんなふうに思うのです。


今はただ、私も少しでもそんな風に生きていければなと思っています。


さて。今日も一日、いい日でありますように!

マタハリでお待ちしております。

ロジウラのマタハリ春光乍洩

いい音楽といいごはんのカフェ。 名古屋市中区大須の小さなアジアンカフェです。