人と知り合うタイミング

いつも明るい声で笑顔で、どんな人にも、どんな気難しい人にでも、ちょっと偏屈で変わり者の人にも、素敵に接する人が私の身近なところにいます。言ってみれば小さなお店に勤めている「おばちゃん」で私よりも年は上の方なのですが昔からとても若く見えてました。いつも笑っているからかな。ほんと、ずっと昔から私にとって理想の人のひとりです。

誰だってそんなふうに明るく優しく分け隔てなく生きたいじゃない? でも何故か現実はそうはいかないのってなんでかな?

別に誰かと積極的に諍うというわけではないのだけど、生活圏内にはたくさんの人がいて、その中でなんとなく挨拶するタイミングが逸してしまい、顔はお互いによく知っているのに話す機会どころかお互いに会釈することもない関係ってありますよね。

うちの店の周囲にはいろんな店が出来ては消えていきます。17年前、私たちは店を開店する前にせめて同じ通りにあるうちよりも古くからあるお店には挨拶に回りました。その後、周囲は様変わりして店も変わっていき飲食店はものすごく増えたけれども、開店の挨拶に来てくれる店は殆どありませんでした。だからこちらから特にお付き合いを深めることもなく、道ですれ違っても会釈することもなく、それらの人も店もただ風景のように目に入る、それだけのことでした。

ところが、あるお店の方が、突然うちのランチにいらっしゃるようになりました。何年か前から近所でお店をやってらっしゃる方でよく見かけるしよくすれ違う方です。けれどその店はオーナーがいてその人に雇われているのか、オーナーから場所だけ借りて自分の裁量でやってるのか、どんなメニューの店でどんな客層なのか、ご近所なのに私たちはさっぱり知りません。そんな方が突然いらっしゃって、正直驚きました。そして私は失礼のないようにとだけは思いつつ、オーダーを取り料理をお出ししお金を頂く際のただただ最低限の言葉を発するのみで、それ以上の世間話をすることもないままでした。しかしその方は1ヶ月前にいらっしゃって以来、かなり頻繁にランチにいらっしゃるようになりました。

それで昨日の朝、店に向かう車の中で私は思いました。

私って結構、頑なだし、狭いよなあって。

頭の中で私が理想としてる女性の顔が浮かんでいました。あの人だったらとっくに明るい声で世間話をして、それにつられて相手も楽しげな顔になってるなあって。よし、と思いました。自分の頑なな心をもう少しやわらかくしよう、と。

そう思ってたらですよ、昨日のお昼もその男性はやってきて、しかもその人から急に話を振ってきました。「今、前の映画館でやってる映画でおすすめのものってありますか?」と。

そうそう、近所の同業者と何か話そうと思っても話題探しが難しいんですよ。どこかの店や誰かの悪口やいろんな愚痴で盛り上がるのはいやなので、それ以外のことで共通の糸口を探すのがなかなか難しいのです。けれどもそれが好きなものの話だったら、いくらでも会話って広がっていくんですよね。そして私は意識して、自分の中の心を覆っている固い殻に熱いオイルを少しずつ垂らすような感じでやわらかく溶かしていくことを心がけました。

そうしたら、あれ、なんだかいい感じじゃん?

私、何を警戒してたんだっけ。

そんな気持ちになりました。

そして、なんだろう、すごく気持ちが軽くなってる!

自分の生きていく時間の中にある、硬くなっている時間を、少しずつ溶かしていけたらなあとそんなことを思っています。






ロジウラのマタハリ春光乍洩

いい音楽といいごはんのカフェ。 名古屋駅西の小さなアジアンカフェです。